秘密保持契約の実務上の留意点

 
秘密保持契約(守秘義務契約、CA、NDAなど)は、多くの場合に締結するもので、かなりの部分が定型化しており、よく検討せず「気軽に」締結することも(企業によっては)多いのが実情だと思いますが、秘密保持に関する紛争が生じる可能性は徐々に高まっており、きちんとチェックし内容を理解した上で締結しておかないと、ある日突然責任を問われるといったことにもなりかねません。契約自体は長いものではありませんが、ポイントになる点がいくつかありますので、以下に説明していきます。

1.秘密保持義務を負うのは双方か一方か
まず、契約当事者の双方が秘密保持義務を負うのか、一方のみが秘密保持義務を負うのかを決める必要があります。これは、秘密性のある情報の開示が相互になされるのか、一方から他方にのみなされるのかによって変わってきます。

2.秘密情報の定義その1
(1)秘密情報の定義の仕方の2パターン

秘密情報の定義には、大きく分けて、(A)開示される一切の情報を秘密情報とした上で、一定の情報を例外とするもの、(B)開示される情報のうち一定の情報のみを秘密情報とした上で、一定の情報を例外とするもの、の2パターンがあります。

(2)交渉の基本姿勢

秘密保持義務を相手方のみが負う場合で自社は開示するだけの場合には、相手方の義務が広くかかるように、まずは(A)の一切の情報を秘密情報とする方式で交渉するのが妥当です。他方、自社も秘密保持義務を負う場合には、自社のみが秘密保持義務を負うのであれば、自社の義務を明確化すべく、(B)の一定の情報のみを秘密情報とするように交渉するのが妥当です。双方が秘密保持義務を負うときには、双方の義務の内容は同等になるように交渉するのが通常ですので、相手方に負わせたい義務の内容と、自らが守らなければならない義務として実際に守れるかをよく検討した上で、(A)か(B)を決める必要があります。

(3)秘密情報を指定する方式の場合の注意点

仮に(B)にする場合には、どの範囲の情報を秘密情報にするのかを決定する必要があります。この場合、さまざまな種類の情報が開示されることが多いため、定性的に「●●に関する情報」という定義(のみ)で秘密情報が定義されることは多くなく、開示される情報が書面等によるものであれば「秘密」「Confidential」等と明示されたものを秘密情報とし、また、口頭等で開示されるため右のような明示ができないものについては、別途秘密情報である旨を相手方に通知したものが秘密情報とされることが多くなっています。したがって、まずこの方式をとる場合には、書面等で秘密性のあるものについて秘密情報である旨の明示をすることが自社にとって実際的か否かを検討する必要があります。実際には、相手方に開示する書類等には、(公開されている情報などを除き)すべて秘密情報である旨を明示しておくのが簡便です。

次に、口頭等で開示される場合に別途秘密情報である旨を通知することが、自社にとって実際的か否かを検討する必要があります。これは、実際には行っていない企業も多いと思いますが、口頭等の場合に、かえって秘密性の高い情報が提供されることもあるため、本来であれば、この通知はしっかりしておく必要があります。ただ、わざわざ書面を作って相手方に送付するのは確かに手間のかかることではあるため、あらかじめ秘密保持契約書に通知の様式を添付しておいて、その様式に情報の概要などを記載して送付できるようにしておくのがお勧めです。そのような様式が添付された秘密保持契約書は実際には多くありませんが、口頭で伝えた秘密性の高い情報について通知を怠っていたために相手方が秘密保持義務を負わないという事態は避ける必要があるので、そのような事態をなくすためには、なるべく通知を簡便に行うことができるようにしておく必要があります。したがって、秘密情報指定通知の様式を添付した上で、さらに通知は電子メールでもかまわないというかたちで規定しておくのが妥当です。

3.秘密情報の定義その2(例外)
秘密情報の定義で、一切の情報を秘密情報とするか、一定の情報のみを秘密情報とするかを問わず、以下のような情報(乙が甲に情報を開示し、甲が秘密保持義務を負う場合を想定)は、秘密情報の定義から除かれることが多くなっており、これらについては、それほど問題はないと思います。

(1)乙が甲に開示した時点で、甲が既に保有していた情報
(2)乙が甲に開示した時点で、既に公知、公用であった情報
(3)乙が甲に開示した以後、甲の故意又は過失によらないで公知、公用となった情報
(4)甲が独自に開発した情報
(5)甲が乙に対する秘密保持義務を負うことなく正当な権限を有する第三者から適法に開示を受けた情報

また、以上に加えて、開示者が開示することに同意した場合なども、秘密情報から除かれるとしている例もありますが、この場合は、一般的には秘密情報の定義から外すのは妥当ではなく、同意した場合は秘密情報であるものの秘密保持義務の例外として開示できる、というかたちで規定すべきです。秘密情報から外してしまうと、その情報については、秘密保持義務の対象になりようがなくなってしまうので、基本的には、誰に、いかなる目的で、どの範囲の情報を開示するのかについて、同意書においてきちんと明示した上で個別に開示を認めるのが妥当だと思います。同意書についても、秘密情報の指定通知と同様に、秘密保持契約書に様式を定めて添付しておけば、簡便に処理できることになります。

4.秘密保持義務(守秘義務)その1
秘密保持義務は、基本的には、秘密情報を相手方の同意なく第三者に開示(漏洩)しない、ことを内容とする義務です。秘密保持義務については、一定の例外が規定されるのが通常です。例えば、以下のようなものがあります(乙が甲に情報を開示し、甲が秘密保持義務を負う場合を想定)。

(1)乙から個別に別紙●の様式による書面により開示することの同意を得て開示する場合
(2)甲及び甲の関係会社の役員及び従業員、弁護士、公認会計士、税理士、司法書士その他甲に対して本契約に基づき甲が乙に負うのと同等以上の守秘義務を負う者に対して、合理的に必要な範囲内において、開示する場合
(3)法令又は政府機関、金融商品取引所、金融商品取引業協会、証券業協会の規則その他これらに準ずる定めに基づき甲に開示が要求され、これに応じて合理的に必要な範囲内において、開示する場合
(4)[ベンチャー・キャピタル等の場合]甲又は甲組合が、乙の発行する株式、新株予約権付社債または新株予約権等を取得すると決定し乙に書面により通知した場合において、当該決定に関連して合理的に必要な範囲内において、甲は甲組合の出資者に対して秘密情報の全部又は一部を開示する場合

(1)は、あえて例外として規定しなくとも、秘密保持義務の内容を書く際にその旨が明示されていれば、それでも構いませんが、同意書については、あらかじめ様式を契約に添付しておくことが望ましいことは、前の記事に書いたとおりです。

(2)では、秘密情報の開示を受けた目的のために、その情報を必要がある会社の役員や従業員は当然規定されます。また、場合により、関係会社の役員・従業員等も同様です(関係会社の範囲についてはバリエーションがありえます)。さらに、外部の弁護士や公認会計士や税理士等を含める場合が多いですが、これらの者は法律上守秘義務を負っています。これに対し、法律上は守秘義務を負わない者、例えば、M&Aのコンサルタント(アドバイザー)などであっても、当該秘密保持契約書で定めている秘密保持義務と同等以上の秘密保持義務を負っている場合には、例外としてよい場合が多いと思います。

(3)は、法令等により要求された場合ですが、秘密保持義務を負う当事者が上場企業の場合には、適時開示等の開示が問題となるので、その点も規定します。

(4)は、ベンチャー・キャピタル(VC)等がファンドから投資する場合に必要となる例外規定です。VCは、通常ファンドから投資しますが、秘密保持契約を締結するのは、VC自体となりますので、このような規定が必要となります。

5.秘密保持義務(守秘義務)その2
(1)開示の範囲

秘密保持義務の例外を規定する際には、秘密保持義務の例外となる場合の「開示の範囲」を定めることが重要です。例外として規定されている場合であっても、関係ない情報の開示を認める必要はないので、合理的に必要な範囲、あるいは、必要最低限の範囲といった限定をするのが妥当です。必要最低限とすると、厳密に考えると、かなり神経質に開示が必要か否かを検討する必要があることになります。

(2)使用の目的と競業の禁止

秘密保持義務を負う当事者は、開示を受けた秘密情報を、開示された目的(取引をするか否かの検討、投資をするか否かの検討など)以外に使用しないこともあわせて規定されるのが通常です。また、秘密情報を開示した相手方が、開示した当事者と競合する事業を行う可能性があるような場合には、そのような行為を禁止する必要があります。この場合、秘密情報に基づいて競業してはならないと定めることになります。

(3)情報の返還・複製・管理

秘密情報を開示した目的が達成された場合(不達成となった場合)には、開示を受けた当事者は、開示した当事者の指示に従って、開示を受けた秘密情報を返却するか、または、破棄する義務もあわせて規定されています。この場合、返却をした場合や、破棄した場合については、返却を受けた当事者からの返却された情報の受領証や、破棄した当事者からの破棄の確認書を、一定期間内に交付するものとして、情報の取り扱いを明確にしておくことが妥当ですが、それらの書面の様式も秘密保持義務に添付するのが簡便です。

また、特に機密性の高い情報を開示する場合には、秘密情報(媒体も含む)の複製自体を禁止しておくことも考えられます。また、複製を認めるとしても、複製物の管理や、複製物を含む秘密情報の返還請求について規定しておくのが妥当です。複製物の管理については、秘密情報とともに、その管理について善管注意義務を課したり、管理体制について規定したりすることになります。

6.秘密情報と知的財産権
秘密情報のやりとりと知的財産権の関係は、2つの側面から考えておく必要があります。まず、秘密情報等の検討の過程で知的財産権の対象となる可能性のある創作物等が生じた場合に、その権利の帰属関係について規定しておくことが考えられます。通常、情報を開示した当事者に帰属することが規定されますが、情報を提供したら相手方に知的財産権が帰属してしまうことのないようにしておく必要があります。また、開示された秘密情報等に基づいて知的財産権が侵害されることも考えられますので、そのような行為は契約で禁止しておく必要があります。

また、場合によっては、開示される情報の中に特許を受けることが可能な情報が含まれていることも考えられますが、特許の対象となるためには、「公然知られた発明」(特許法29条1項1号)に該当しない必要があります。すなわち、特許法は、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる」と規定していますが、「次に掲げる発明を除き」とされ特許を受けることができない場合の1つとして「特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明」を規定し、特許の対象から除外しています 。特定の相手方に特許となりうる情報を開示した場合であっても、その者に秘密保持義務が課せられていない場合には、その発明は、公然知られたもの(公知)となると解される可能性が高いため、秘密保持契約を締結することなく、特許となりうる情報(発明)を開示してしまうと、その発明については特許を取得することができなくなってしまうおそれがあります。したがって、特許となりうる情報を開示する場合には、秘密保持契約を締結しておくことが必須となります。

7.秘密保持義務違反の効果
(1)損害賠償

秘密保持義務に違反した場合に認められる効果は、生じた損害の賠償請求が認められることです。規定の仕方としては、違反により生じた損害を賠償することを抽象的に規定するのが通常です。この場合に何が損害なのか、どの範囲の損害賠償が認められるのかについては、実例が少なく、明確ではない面がありますが、一律に少なくとも一定額の損害が発生したものとみなす規定を定めたりすることは、現在のところあまりありません。また、逆に、損害賠償の上限を定めておくこともあまりありません。ただ、今後は、実際の紛争が増加してくれば、規定されるケースも出てくると思います。

(2)契約の解除

秘密保持義務違反の効果として、ときどき契約の解除を定めているドラフトがありますが、秘密保持契約については、契約を解除しても、秘密保持義務がなくなるだけなので(但し、契約終了後も秘密保持義務が存続すると規定されるのが通常です)、意味がないので、解除の規定は定めないのが通常です。

(3)差止め

ある会社が特定の相手方に開示した秘密情報を、相手方が不当に第三者に開示したり、流用したりした場合には、相手方に対し損害賠償請求することのほかに、その行為を差し止めることを検討する必要があります。不正競争防止法は、「営業秘密を保有する事業者(以下「保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の競業その他の不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為」が「不正競争」の一つとされており(第2 条第7 号)、不正競争に対しては、損害賠償請求(第4 条)のほかに、差止請求(第3 条)が認められています。したがって、不正競争に該当する場合には差止請求が可能となりますが、不正競争に該当するためには、不正競争防止法上の営業秘密である必要があります。ある情報が営業秘密に該当するか否かは、実際に紛争になった場合に争いになりやすいところですが、秘密保持契約を締結することなく相手方に開示していた場合には、営業秘密に該当しないと認定される可能性が高くなるため、営業秘密であることを明らかにする意味でも秘密保持契約を締結した上で情報を開示する必要があります。

8.契約期間
契約期間は、秘密情報の内容や、秘密情報を開示する目的などに応じて定めることになりますが、契約期間が終了した後も、一定期間は、秘密保持義務が存続すると定めるのが通常です。その存続期間についても、開示される秘密情報の内容(性質)などに応じて規定することになります。いずれについても、開示される秘密情報の有用性の期間を慎重に検討したうえで期間を定める必要があります。

9.情報の正確性など
秘密情報を開示する当事者が、開示した情報が正確なものであることを表明及び保証をすることが定められることがあります。しかし、開示する当事者の側から考えると、開示する情報に多少の誤りがある場合や、あるいは流動的な状況等について早期に開示されることも多いので、基本的に、情報の正確性についての表明・保証条項は規定しないほうがよいと思います。逆に、保証しない旨を明記することもあります。その他に、情報の提供に関しては、情報の権利帰属や、情報の提供がライセンスを認めるものではないこと、情報を開示する義務はないことなどを規定することがあります。

(猪木俊宏/猪木法律事務所)